上座仏教(テーラワーダ)とは? 瞑想や特徴について、ざっくりまとめ

      2017/02/01

ミャンマーの寺院

 上座仏教、テーラワーダ、上座部仏教、南伝仏教、小乗仏教とも呼ばれる仏教の一種です。

 もともと東南アジア方面で広がった仏教ですが、日本でも関心が高まっています。上座仏教(テーラワーダ)は、とくに瞑想が重視される仏教です。

 この記事では、日本の仏教(大乗仏教)と何が違うのか? 上座仏教(テーラワーダ)の瞑想方法であるサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想とはどんなものか?  日本にある上座仏教の組織にはどんなものがあるのか? などについて、調べてみました。

 なお、この記事は、宗教関係の超ド素人のわたしが、超ざっくりまとめている記事ですので気軽に読んでみてください。仏教関係の記事は専門家の方が書いているものがほとんどで、少し難しすぎるなと感じたので、ド素人なりの理解で整理してみました。

上座仏教(テーラワーダ)のエキゾチックな魅力

 上座仏教(テーラワーダ)は、タイ、ミャンマー、スリランカなどで盛んな仏教のスタイルのひとつです。

 タイやミャンマーなどでは、オレンジや黄色の僧衣のお坊さん、金色に輝くお寺と仏塔が、とても目につきますよね。そんなエキゾチックなテイストが、なんとも魅力的なのが、上座仏教です。

 たとえばタイに旅行に行った時は、ワットプラケオ、ワットポー、ワットアルンなどのお寺巡りは欠かせません。お参りの時に蓮の花やマリーゴールドをそなえたり、仏像に金箔を貼ったりするのが、日本のお寺に比べると、なんとなく派手な感じがして、ワクワクする人も多いと思います。

 また、タイなどでは、やたら托鉢のお坊さんの数が多いし、人々が日常生活のなかでちょくちょくお参りしたり、スーパーのなかに仏像があったりと、仏教が日本以上に浸透している印象も受けると思います。

 タイの仏教が日常生活に浸透しているのは、タイのほうが熱心な仏教徒が多いというのもありますが、それ以上に、タイの仏教、すなわち上座仏教の特徴のせいともいえます。

 たとえば、上座仏教では出家する人がやたら、多いです。

 タイでは成人男子は僧侶になるべきという伝統があり、僧侶の道を進む人が多く約40万人(総人口の0.6%)いるといわれています。そればかりではなく、「一時出家」とい制度があり、2週間から数ヶ月のあいだ一時的に出家して托鉢をして暮らす体験を、多くの成人男子がします。企業によっては、「一時出家」に有給休暇が出るとこころもあるくらい、上座仏教の国では「出家」が社会に定着しているのです。

 なぜ、そこまで「出家」にこだわるのでしょうか? その理由を次にみていきましょう。

上座仏教で悟りを得るには厳しい修行が!

上座部教と大乗仏教の「悟り」方の違い

 タイなどの上座仏教(テーラワーダ)の教えでは、「出家したものだけが悟りを得て救われる」という考えになっています。

 一方、日本で盛んな「大乗仏教」では、「悟り」というのは出家したお坊さんでなくても、誰でもが得られるものだとしています。

 「悟り」とは、ざっくり言うと、「自分を徹底的に見つめ直すことで、日々の悩みや煩悩に振り回される不安定な心の状態を克服して、生きることの本質や真理に気づくこと」みたいな感じだと思います。

 大乗仏教での悟り方は、ポジティブシンキング的な感じで、日々の暮らしのなかで、いろいろな気づきを重ねていくという主旨です。お寺やお坊さんやお経は、その気づきのきっかけを作る役割です。(ただし、禅宗の場合は座禅などをおこないます)

 一方、上座仏教では、悟りのための気づきは、厳しい修行と深い瞑想によって得られるとする考えです。修行や瞑想に専門的に取り組まないと「悟りには達しない」。だから、出家してガッツリ瞑想に取り組んだ人だけが悟れると考えるわけですね。

出家しないひとは徳を積み救いを求める

 上座仏教の考えでは悟りを得て精神が救われるためには出家して修行や瞑想が不可欠だと説きます。では、出家しない人は救われないのか?という疑問が出てきますよね。

 出家しない人は、来世でより良くなれるように、現世で「徳を積む」という考えになります。で、どうやったら徳を積めるかというと、お坊さんに托鉢をしたり、ちょくちょくお寺に参ったり、鳥かごから鳥を放したりすると、ポイントのように徳がたまっていくという、わかりやすい仕組みになっています。

 出家して修行や瞑想ばかりの日々を過ごせない人は、日常生活のなかでちょくちょく徳を積むことで、来世ではより良い暮らしが待っていると考える・・・そういうふうにして、現世の悩みや辛さを乗り切っていこう!というわけです

 悟りを得て救われるのは、なかなか難しいので、お坊さん以外の一般人は、とりあえず「徳を積んだら来世はいいことがあるし」と考えて、現世を乗り切っていく・・・・これが上座仏教の考え方になるわけですね。

 このように、
●修行僧に施しをして徳を積みつつ現世を乗り切る一般人
●施しを受けて働かなくてよいので修行と瞑想に専念できる出家僧侶
このふたつの関係がうまいこと組み合わさって、上座仏教を成り立たせているわけです。

【ここまでのまとめ】上座仏教(テーラワーダ)の特徴

●スタイルの上での特徴●

・金色の寺院や仏像

・黄色やオレンジ色の僧衣のお坊さん

・お坊さんが多い

・お参りする人が多い

●考え方での特徴●

・悟りを得るには、修行や瞑想を究めていくことが必要

・修行や瞑想修行を究めるには、出家して専門的に取り組まないと無理

・出家できない人は、徳を積むことで救いを求める

・在家の一般人は徳を積むことで来世で救われる

上座仏教の歴史。小乗仏教、上座部仏教、南伝仏教などさまざまな呼びながあるわけは?

南に伝わった上座仏教と北に伝わった大乗仏教

 お釈迦さまが悟りを開き仏教がはじまったのは北インドです。

 その後、仏教はふたつのルートでアジア全体に伝わっていきます。

 ひとつは、チベット→シルクロード→中国→朝鮮→日本という流れ。こちらが北伝仏教ともよばれる大乗仏教です。

 一方、上座仏教は、インド→スリランカ→タイ・ミャンマーと伝わりました。なので、南伝仏教とも言われます。

 大乗仏教は中国経由ですので、中国の伝統である儒教とミックスされるかたちで、発展してきました。日本に来てからは、神道とも微妙に混じり合いながら、日本の文化や社会のなかに根付いてきました。

 大乗仏教の場合は、「国教」として採用されて、国をあげて大仏を建立したりと、政治的に利用されてきた歴史もあります。このことは、北方の方が、冬を乗り切るために国家や社会など共同体の役割が重要だったったことと関係しています。共同体のなかでの宗教として、多くの人が救われる大乗仏教が広まったのです。

 一方、上座仏教は、「出家僧だけが悟れる」という考えのため、どちらかというと個人主義的な感じです。南の方は冬の厳しさがないために、修行や瞑想に専念していても生きていけるとから、上座仏教が南で発展したともいわれています。

 また、上座仏教はインド経由ですので、たとえばタイのお寺ではシヴァ神などインド・ヒンズー教の神様が入り混じっています。

戒律の厳しい上座仏教、比較的ゆるい大乗仏教

 このように、大乗仏教と上座仏教は、伝わっていく過程で、その土地の風土の影響を受けながら変化していったわけですが、さらにいえば、お釈迦様の死後の教団分裂の時に分離してたのが原因とする説もあります。

 お釈迦様の死後、ありがちなことですが、戒律の厳しさをめぐって意見がわかれ、上座部と大衆部に分裂しました。

 お釈迦様が決めたストイックな戒律を忠実に守っていこうとするのが上座部、一方それでは大衆に受け入れられないためもっと柔軟に解釈していこうとしたのが大衆部です。

 大衆部は、その後、戒律を独自に解釈していく大乗仏教としてフレキシブルに変化していきます。釈迦の教えそのもを解釈した「経典」いわゆるお経をベースにして、さらに、お経にいろいろな解釈を加えることで、たくさんの宗派や新興宗教に分離していった・・・それが大乗仏教です。

 一方で、お釈迦様の説いた戒律を守り、お釈迦様がやったのと同じように、瞑想をして悟りを得ることを目指すのが、上座仏教です。

 お釈迦様の決めた厳しい戒律を守っていては北国では生きていけないため、南の方だけで、上座部の仏教が広まっていったというわけですね。

 上座仏教(テーラワーダ)戒律の厳しさについては、お坊さんのスタイルを見れば、あきらかです。

 大乗のお坊さんは宗派にもよりますが、お酒やエロ関係もOKというところすらあります。あくまで、日常生活のなかで「悟りを得る」のが大乗の流れなので、大乗の僧侶は世俗への距離が近いわけです。

 一方、テーラワーダでは、お酒はもちろん禁止ですし、食事も1日1〜2食です。もちろん性的な禁欲にも厳しく、タイでは女性が僧侶に触れることすら許されません。タイのお寺観光の時には服装の露出に気を付けましょうという注意を受けたことがあるひとも多いと思いますが、それは僧侶の戒律が厳しいからですね。

 このように、上座仏教では、お釈迦様が定めた戒律を、そのまま受け継いで今に伝えているため、よりお釈迦さまの考えに近いとする説もあります。

 しかし、実際には、現在の上座仏教(テーラワーダ)は、すべて、スリランカの仏教からタイなどへ伝わっているため、お釈迦さまが説いた「原始仏教」とはまた違ったものになっています。実際のところ、また、分裂当時の上座部と現在のテーラワーダもまた微妙に違ったものになっているのでは?という説もあります。

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 大乗仏教、上座仏教ともに、お釈迦様の直接の教えである「原始仏教」が、伝播の過程で変化しながら、その土地の風土や暮らしにあったものへ変化していった、と考えるのが、妥当な考え方でしょう。

大乗仏教vs小乗仏教の対立を超えて

 さて、上座仏教は一昔前は「小乗仏教」とも呼ばれていました。

 この呼び方は、大乗仏教から見た差別的な呼び方だということで、今ではあまり使いません。

 大乗と小乗の意味の違いは、大きな乗り物と小さな乗り物という意味です。

 大乗仏教では、出家僧以外の一般人でも悟りを開けるので、大勢が悟れる、つまり乗り物が大きい、という意味で大乗を名乗ります。一方、小乗仏教は、出家した僧だけが悟れるので、限られた人だけが悟れる「小さい乗り物」という意味です。

 大乗仏教の人からすると、「出家僧だけが、施しを受けて、悟れるのはズルい」というふうにテーラワーダをみるわけです。

 逆に、上座仏教の人は「修行や瞑想をしないのにどうやって一般人が悟れるの? お経読んだだけで悟れるわけないし」という意見ですね。

 最近は日本でもテーラワーダが盛んになるにつれ、大乗仏教vs小乗仏教の批判合戦みたいなのが仏教界の一部では起こっているようですね。

 別に、いろいろな考えがあって、どっちを信じるかは個人の自由なので、別な宗派を批判し合うのは、端から見ると見苦しいので、あまりよろしくないのでは?と感じます。とくに仏教は哲学でもあり理屈っぽいので批判合戦に発展しやすいのでしょうね。

 そういう方向性はまずいのではないか?ということで、大乗仏教、上座仏教をふくめて、仏教の宗派の壁を乗り越えていこうという活動もあります。たとえば⇒超宗派インターネット寺院・彼岸寺など。これはひとつの参考例ですが、仏教に興味がある人は、ひとつの宗派に凝り固まる前に、幅広く仏教を学んでみることが良いのでは?と思います。

【ここまでのまとめ】上座仏教と大乗仏教の歴史と違い

・お釈迦様の死後、戒律の厳しさを巡り「大衆部」と「上座部」に分裂した。大衆部が「大乗仏教」になり「上座部」が「上座仏教」になったといわれているが、大昔のことなので詳細は不明

・戒律をゆるめ、多くの人が悟りを開けるよう考えたのが「大乗仏教」

・悟りのためには厳しい戒律と修行が不可欠と考えたのが「上座仏教」

・「大乗仏教」、中国経由で、経典ベースの宗派に分離しながら日本に伝わる

・上座部は、東南アジアなどに広り「南伝仏教」「上座仏教」と呼ばれる

・「大乗」「上座」ともに、伝わる過程で、地元の風土にあわせて変化して、地元の宗教もとミックスされてきている。どちらも、お釈迦様が説いた「原始仏教」とは、だいぶ違ったものになっているはず。

テーラワーダの瞑想・サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想

 さて歴史の話が長くなってしまいましたが、次に、上座仏教の核をなす「瞑想」についてみていきましょう。

 テーラワーダでは、悟りを得るためには瞑想が唯一の手段であるとしています。大乗仏教のなかでも禅宗(臨済宗や曹洞宗)などで瞑想はおこないますが、基本はお経の解釈など哲学的に考えながら悟りを目指すのが大乗です。

 テーラワーダでは、お釈迦様自身が瞑想によって悟りを開いたように、われわれも瞑想をして悟りを目指そう、とするのが主旨です。

 テーラワーダの瞑想方法は、サマタ瞑想ヴィパッサナー瞑想のふたつに大きく分けられます。

 サマタ瞑想は、「止の瞑想」とも言われ、集中力を高めていく瞑想です。たとえば、ロウソクなどの炎だけに意識を集中して、ロウソクの炎と自分が一体となるような瞑想を行います。禅の瞑想方法はこのサマタ瞑想に近いとされています。

 一方、ヴィパッサナー瞑想は、「観の瞑想」といわれ、ありのままの心の状態を客観的に観るようなそんな状態を目指す瞑想です。

 テーラワーダのなかでは、このサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想のバランスのとりかたなどが宗派によって若干違っていますが、原則的には、サマタ瞑想の修行をしたのち、次の段階でヴィパッサナー瞑想を行い、最終的に悟りを得る「阿羅漢(あらかん)」と呼ばれる境地を目指していきます。

 サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想は、心をコントロールする技術として、世界的に支持を得ています。いまでは、宗教の枠を超えた瞑想方法として、インサイト・メディテーションやマインドフルネスとしてさらに世界中に広まっています。

 ただし、マインドフルネスは日常生活のなかでおこないますが、テーラワーダ瞑想は、修行のなかでおこなうものという決定的な違いがあります。あくまで上座仏教のヴィパッサナー瞑想は、厳しい戒律に従って行うなど本格的なものです。

 ですから、「ヴィパッサナー瞑想体験合宿」などでは、断食(食事回数制限)や10日間の無言の行などをしながら、もちろんスマホとかも一切禁止で、ひたすら瞑想をする修行となっています。ヴィパッサナー瞑想に興味があるひとは、いきなりテーラワーダの瞑想合宿に参加するよりは、まずマインドフルネスから入ったほうが良いかもしれませんね

 なお、マインドフルネスについては⇒「マインドフルネスの基礎知識」、マインドフルネスの講座や教室については⇒「マインドフルネスの講座や教室の選び方」についての記事を参照してください。

上座仏教の系列と日本で出会えるテーラワーダ団体や僧侶

 上座仏教(テーラワーダ)のなかにも、いくつかの派があります。大乗仏教の○○宗ほどはっきりした違いではないですが、瞑想の方法のどこに重きをおくか?などによって、系列がわかれているような感じです。

 日本の代表的な上座仏教の団体や日本で有名な上座仏教のお坊さんと系列の関係について、以下にまとめてみました。

 上座仏教(テーラワーダ)は、テーラワーダ全体でひとつの「サンガ(僧侶の組織)」と言う考えですので、あくまで、○○派というのは、瞑想方法のヴァリエーションという感じ捉えてください。

マハーシ系
主な団体:日本テーラワーダ仏教協会
 マハーシ系はミャンマーのヴィパッサナー瞑想の系列のひとつで、瞑想をするときに、集中する対象を言葉で「ラベリング」する方法が特徴です。たとえば、呼吸の瞑想では肺をイメージして「ふくらみ、ふくらみ」「へこみ、へこみ」と言葉の力を借りながら瞑想に入っていくため、とっつきやすい方法として人気があります。マインドフルネスでもこのマハーシ系の瞑想が取り入れられています。
 マハーシ系の瞑想を行っているのが日本テーラワーダ仏教協会です。この団体は、いまや日本で最も人気のあるテーラワーダ僧侶ともいえるアルボムッレ・スマナサーラ師が長老をつとめています。スマナサーラ師は著書『怒らないこと』など多数の著作で仏陀の教えをわかりやすく伝えていますね。スマナサーラ師、もともとスリランカのシャム派に属する僧侶ですが、日本テーラワーダ仏教協会の瞑想のスタイルはマハーシ系という感じです。
ゴエンカ系
主な団体:日本ヴィパッサナー協会
 上座仏教は出家をして瞑想をすることが原則となっていますが、ミャンマーの経財相もつとめたことがあるサヤジ・ウ・バ・キン師が指導した瞑想方法は、在家でおこなうこともできます。それがヴィパッサナー瞑想です。
 サヤジ・ウ・バ・キン師からサティア・ナラヤン・ゴエンカ師に継承されて、現在はゴエンカ系と呼ばれています。欧米にはやくから紹介された瞑想法で、インサイト・メディテーションのベースとなっています。
 在家用の瞑想とはいえ、気軽におこなえるわけではなく、やはり10日ほどの合宿で無言でひたすら瞑想を行うものです。マハーシ系は言葉によるラベリングを使いますが、ゴエンカ系は言葉でなく常に感覚で感じる方法です。人によって、マハーシ系とゴエンカ系どっちに向いてるか?という相性もあるようですね。
パオ系
影響を受けてる日本人僧侶::スダンマチャーラ比丘(一法庵)、マハー・カルナー禅師
 上座仏教のなかでも、最もお釈迦さまの教えに近い瞑想スタイルと言われているのがミャンマーのパオ・セヤドー師のパオ森林僧院。マハーシ系がヴィパッサナー瞑想が中心であるのに対してサマタ瞑想にも力を入れているのが特徴だそうです。
日本からもパオ森林僧院で修行をされた僧侶が帰国し、お寺をかまえたり瞑想会などを主催しています。

▲人里離れた山奥で修行をするテーラワーダ僧侶(イメージ写真)
チャルーン・サティ
影響を受けてる日本人僧侶:プラユキ・ナラテボー師
 「チャルーン・サティ」という瞑想のスタイルもあります。これはタイのタイの仏僧、ルアンポー・ティアン・チッタスポー師が生み出した「気づきの瞑想」とも呼ばれるヴィパッサナー瞑想法の一種です。
体を動かしながら、動かしているところに意識を集中させる瞑想法。なかでも手の動きを取り入れた手動瞑想は、医療系のマインドフルネスなどにも取り入れられている。チッタスポー師 のお弟子さんのプラユキ・ナラテボ師が日本でのチャルーン・サティの第一人者として有名です。
アーチャン・チャー Ajahn Chah(タイ森林派)
影響を受けてる日本人僧侶:アーチャン・ニャーナラトー師
 アーチャン・チャー(1918〜1992年)はタイの高僧で、世界的にテーラワーダを代表する僧侶。「最長老」的な位置づけの人です。
 教典などにあまり固執せずに、修行や瞑想を通じることで悟りの境地である阿羅漢に達していると言われる数少ない僧侶。タイの山奥で修行をしていたためタイ森林派などとも呼ばれていますが、独自の経験にもとづく説得力のある語りが、世界中の人々に感銘を与え、20世紀を代表するテーラワーダの僧侶とされています。
 アーチャン・チャー師の教えは『手放す生き方』『無情の教え』などの本で知ることができます。宗派や系列にとらわれず、真理を最も語っているといわれているので、テーラワーダに興味がある方は、まずはアーチャン・チャー師の教えから入門するのがよいかもしれませんね。
アーチャン・チャーのお弟子さんの日本人僧侶アーチャン・ニャーナラトー師が日本で講演を行っているようです。

★上座仏教にはじめてふれる人にも、おすすめです。

【ここまでのまとめ】上座仏教(テーラワーダ)の瞑想の種類と系列

・テーラワーダの瞑想にはヴィパッサナー瞑想とサマタ瞑想がある

・テーラワーダには瞑想方法の違いなどによって流派がある
マハーシ系
ゴエンカ系
パオ系
チャルーン・サティ
タイ森林派
・・など

・流派といっても比較的ゆるいものなので、流派の違いにこだわりすぎないほうがよい。

 

 

 以上、上座仏教(テーラワーダ)の特徴や大乗仏教との違い、瞑想の方法、日本で活動する上座仏教の団体や僧侶などについて紹介してきました

 あくまで宗教無神論でド素人のわたしが、「ちょっと上座仏教について調べてみた」的な記事ですので、深く知りたい方は、この記事を足がかりに、まずは広く情報を集めていただければ幸いです。

 (なお、あくまで素人なりの超入門的な記事ですので、専門的にみれば曖昧な表現などある点は何とぞご容赦ください)

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