雑木林(ぞうきばやし)と里山との関係は? 樹種や成り立ちを知る。

      2018/04/12

雑木林

 雑木林(ぞうきばやし)は、「里山の守りたい自然」として、よく話題になります。

 ただ、「雑木林とはどんな森林のこと?」となると、あいまいな人も多いです。雑木林の意味を「いろんな木が混じってる林」と漠然と捉えているかもしれません。

 実は、雑木林は、完全な「自然」ではなく、人の手が入って管理される林です。つまり、「雑木林=人工林の一種」なのです。

 この記事では、雑木林について知ることで、樹木や林との接し方や、自然と人とのあり方について、考えて行きたいと思います。里山の雑木林のシステムを取り戻すことが、日本の再生につながるかも?という視点についても、説明していきます。

なお、日本の森については
⇒「広葉樹の種類と名前の覚え方」
⇒「日本の原生林一覧」
⇒「スギやヒノキの人工林を広葉樹林に戻せるか?」
の記事も参照してください。

雑木林は人工林の一種

 「雑木林」という言葉に、雑多な木がいろいろ混じって生えている林、というイメージを持っている人も多いと思います。

 たしかに、雑木林は、コナラクヌギを中心にクリ、カシワ、イヌシデ、エゴノキなどいろいろな木が入り混じっています。

 マツ林や、植林されたスギの人工林のような単一の種類の森に対して、いろんな樹種がはえている林や森を指して「雑木林」と使ってしまうこともありますが、正確には、雑木林は、次のような条件を満たす林のことを言います。

雑木林とは?

主にコナラクヌギを中心とした落葉樹林

雑木林とは、

・薪や炭

・落ち葉たい肥の材料

・しいたけなどキノコ栽培のホダ木
などを供給する目的のため管理されている林のこと。

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▲武蔵野の面影を今に伝える八国山の雑木林。

 「雑木林」という言葉そのものは、明治の文豪・国木田独歩が代表作「武蔵野」で、とりあげてから一般的に使われるようになったとされています。

 もともと、「雑木」とは、木材として価値が無い・価値が低い樹木のことで、そんな木ばかり生えているので、「雑木林」と呼んだようです。ただ、「雑木林」が役に立たないのか?というと、むしろそれは逆で、薪や炭の材料として活用される林が、雑木林なのです。

 ある意味、雑木林は農業の延長線上にあるともいえます。畑と同じように、定期的に人の手が入ることにより、成立している。

 国木田独歩も雑木林が四季折々に見せる美しい表情に感動していますが、完全な自然状態では見られない自然が雑木林には出現します。

 たとえば、春先にけ地上に姿を現すスプリングエフェメラルや、コナラとクヌギを植草にする蝶「ゼフィルス」などです。

 タラの芽やワラビなどの山菜、タケノコやシイタケなども、完全な自然林からは採取することはできません。雑木林の一部で管理されることにより、「山の恵み」を収穫することができるのです。

▲しいたけ栽培は雑木林があってこそ。

里山と雑木林の関係

 雑木林は、農家が農業の一部として利用することでできた林です。ですので、農村に隣接した山、いわゆる「里山」の森は「雑木林」です。最近はよく「里山を守ろう・取り戻そう」とか「里山資本主義」など、里山林の再生と活用が農村活性の鍵だと言われます。つまり、雑木林として山林を活用することに、日本の経済再生のヒントがある、と盛んに言われているのです。

もともと、集落の近くにある日本の山は、農家に「入会地」と言われる使用権が割り当てられています。農村近くの自然林の山を「雑木林化」して、利用することが、日本全国で行われてきたのです。

 また、雑木林は、関東地方では平野部に造られ「平地林」とも呼ばれます。たとえば、武蔵野の雑木林を今に残す、埼玉の三富新田は有名です。

 武蔵野は、古来には照葉樹林でしたが、焼き畑農業によりススキや灌木が茂る平原になっていました。そんな武蔵野の荒れ地を、江戸時代に田畑として開拓しました。発展する江戸の街の食料を支えた近郊農業地帯として「新田開発」の名のもと開発されたのが、武蔵野一帯です。玉川上水もその開拓の水を得るための水路として開かれました。

 武蔵野の新田開発では、田畑とセットでコナラやクヌギを植栽して雑木林を造成しました。

 このような武蔵野の雑木林の例にみられるように、雑木林は、あくまでも「作られた自然」なのです。全国にある、農村の裏山の「里山」も、もともとある植生(関東以西はシイ・カシの照葉樹林、東北以北はブナ・ミズナラの落葉樹林)に、コナラやクヌギを植栽されたものなのです。

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▲雑木林の秋。コナラ

トトロの森や鎮守の森は雑木林?

 雑木林や里山といえば、「となりのトトロ」の世界観をイメージする人も多いでしょう。

 埼玉県所沢の八国山付近がモデルのひとつになったとされ、さつきとメイのお母さんが入院していてネコバスに送ってもらったのも「七国山」でしたね。

 実在する八国山に付近に残された武蔵野の雑木林は、埼玉県所沢市と東京都東村山市にまたがる地域です。東村山側は、都立の自然公園となっていますが、民有地が多い所沢側では、ナショナルトラスト運動により、雑木林を守る動きが盛り上がっています。

 ただ、ここでひとつ注意しておきたいのは、トトロが住んでいる森は、実は、雑木林ではないということ。

 トトロの住み家は、「塚盛」と呼ばれる「鎮守の森」にあるクスノキの巨木です。

 鎮守の森は、神社の境内や、ご神木の巨木を中心とした、うっそうとした人の手が入らない自然林です。雑木林とは対象的な森です。

雑木林と鎮守の森の違い

・雑木林=落葉樹
(夏緑樹林)=コナラ、クヌギ
=明るい林

・鎮守の森=常緑樹(照葉樹)=シイ、カシ、クスノキ、タブノキなど
=うっそうとした林

 雑木林は、人の手で管理されているので、下草の茂り方も適度で、林のなかも明るく歩きやすい林です。一方、鎮守の森は、人を寄せ付けないほど、木々が生い茂っています。神様が宿るところとして自然への畏怖の念を感じざるをえないのが、鎮守の森なのです。

 実は、関東以西の温暖な地域では、雑木林ではなく常緑照葉樹林のほうが、ほんらいの自然の姿です。ですから雑木林も、手を入れないで放置すると常緑樹林に先祖帰りしていきます。

 実際に、荒れた里山や雑木林では、コナラやクヌギの下に、シラカシ、シロダモ、アオキなど常緑広葉樹が育ちはじめます。やがて、常緑照葉樹たちは、コナラやクヌギを追い抜いて、常緑広葉樹の森に変えてしまいます。

 パワフルな常緑広葉樹の再生力を知るには、東京の明治神宮の広大な森を見れば一目瞭然です。明治神宮の森は、いまから100年前に、植樹されて人工的に作られた壮大な鎮守の森です。人工の森なのですが、現在は、常緑広葉樹の「極相林」として、安定した森になっています。人の手で作られた森というと、雑木林やスギの人工林のように、手入れをしないと荒れていくイメージですが、「極相林」にしてしまえば、ほぼメンテフリーとなります。つまり、原生林に近い状態になっているわけです。

 逆のことを言えば、雑木林は、人の手を入れ続けないと維持できない「疑似自然」だということになります。

 (極相林=高木の陰樹が優先した森林で、災害などで樹木が枯れない限り、ずっと安定して植生が変わらない森林のこと。)

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雑木林はスギの人工林とどう違う?

 雑木林は、人の手を入れれないと荒れてしまう「人工林」だということを、ここまで述べてきました。

 それではまるで、評判のよくない「スギやケヤキの人工林」と同じでなの?って思ってしまうかもしれません。

 ただ、雑木林は人工林とはいえ、スギの人工林とはまったく違う性質をもっています。いえば、雑木林は「自然にやさしい人工林」ともいえるでしょう。

雑木林とスギ人工林との違い

雑木林=多様性が維持された活き活きとした人工林

スギ植林地=多様性の無い自然感の無い人工林

雑木林=放置しても自然林に戻る可能性大

スギ植林地=放置しても自然林に戻りにくい

 落葉樹の明るい雑木林は、スギに比べると、多様性に富んだ動植物を育む森です。一方で、常緑高木であるスギの人工林は多様性が維持しにくく、まして管理できない杉林は、スギ以外の存在を許さない森になってしまいます。

雑木林の「手入れ」とは?

雑木林の最大のポイント「萌芽更新」

 逆に、雑木林が多様性を維持できているのは、人の手で管理され、定期的にリセットされるから、だともいえます。

 雑木林の管理で、最大のポイントとなるのは、コナラとクヌギの萌芽更新です。萌芽更新は、切り倒した切り株から、ふたたび芽を出させて、樹木を再生させること。

 植物の種類によっては、地上部を刈り取っても、根っこが残っていれば、そこから新芽が出てきます。このような切り株から出てくる新芽を「ひこばえ(蘖)」と呼びます。

 樹木のなかでも、特にコナラ亜属が萌芽力が強いため、コナラクヌギが雑木林のメインの樹木となっています。

 そのほかにも、ミズナラ、カツラ、シナノキ、ホオノキ、アオダモが、萌芽再生が強い樹種として、雑木林のなかに生えていることもあります。

 コナラの萌芽更新は、10年~15年周期でおこなわれます。そもそも、雑木林の目的は、エネルギー源である薪や炭を得るためのものです。定期的に伐採しても、植え替えせずに、また生えてくる……雑木林は、自然の恵みを最大限に活用した、とても合理的な再生エネルギー源だと言えるわけです。

 再生しやすくするには、植物のエネルギーが根に集まっている冬場に伐採することです。また、20年近く過ぎると、伐採してもひこばえが出なくなります。雑木林をいったん放置してしまうと、コナラやクヌギの大木が育ってしまいます。こうなると、萌芽更新はもう無理ですので、やがて、林の中は光が少ない森になっていきます。

 暗い森のなかでは、陽樹に分類されるコナラやクヌギはもはや成長できません。大きく育ったコナラやクヌギの下には、陰樹のシイやカシなどの常緑樹、また落葉樹の陰樹であるブナ、イヌブナが成長します。

 やがて、コナラやクヌギの大木は、シイやカシまたはブナやイヌブナの陰樹にその座を奪われます。つまり、クヌギやコナラの雑木林は、伐採をやめてしまうと、やがてその森からは姿を消してしまう運命にあるのです。

 このように、雑木林とは、萌芽更新で管理されている林、ということもできるわけです。

多様性を生み出す「落ち葉集め」

 雑木林の管理のもうひとつの大切なポイントは、落ち葉集めです。

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▲三富新田の雑木林で落ち葉集め。

 伐採と一緒で、落ち葉を集めることが雑木林の目的のひとつです。化学肥料が普及するまでは、落ち葉は畑の土づくりには欠かせないものでした。化学肥料が普及するまでは、毎年冬に大量の落ち葉を集めて堆肥を作ることは、農家の基本作業でした。もちろん今でも、農薬を減らしたり使わないこだわりの農作物生産では、落ち葉たい肥は欠かせない資材です。ただ、今では、コストの面を考えると、落ち葉利用はなかなか難しい、というのが実情なのです。農家としても、落ち葉堆肥を利用したいけれど、採算面で厳しい、のです。

 さて、落ち葉を毎年冬にかき集めていることで、雑木林の独特の環境が作られていきます。たとえば、落ち葉をかくことで、発芽できる種がたくさんあります。スプリングエフェメラルもそうですし、灌木も盛んに生えるようになります。雑木林の中は、結果として、とても多様性のある世界が生まれるわけです。

 もちろん、雑木林じたいが、落ち葉を栄養源に育っていきますので、あまり落ち葉を取りすぎると、林が痩せてしまいます。実際に、コナラやクヌギから、栄養の乏しい土地でもはえるアカマツ林に変化していった雑木林も少なくありません。ですので、落ち葉かきも、ただ集めればよいということでなく、バランスをとりながら自然の恵みをいただく技術として、受け継がれていかなければならないのです。

 一方で、この落ち葉かきをやめてしまうと、どういうことになるでしょう? ササ類が繁茂してきてしまいます。とても繁殖力が強く明るい環境を好むササ類は、落葉樹の森にはつきものです。ですので、落ち葉かきなどのために定期的に森に入らないと、ササが勢力を増してしまうのです。

 ササも自然の一部で、たとえば、ブナの森の下草にササが生えていることも多いのですが、バランスを崩し過剰に繁殖しだすと、ササが邪魔をして、樹木の苗が一切育たない環境となってしまいます。

 里山や雑木林は、スギの人工林に比べれば、照葉樹林へスムーズに戻っていくのですが、場合によっては放置した雑木林は、ササと灌木だけが植える荒れ地になってしまうこともあり得るのです。

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雑木林をお金にかえる「里山資本主義」

 管理を前提に成り立っているのが雑木林です。やはり、雑木林や里山林も、人の手をいったん入れた以上、きちんと管理して活用していくことが理想なのです。

 ただ、里山の農業を中心とした暮らしが成り立っていない現在、里山や雑木林を、自然保護の意味だけから守っていくことは、ごく一部でしかできません。

 もちろん、過疎化が一方的に進む時代はターニングポイントに来ていることはたしかです。里山へ移住して自然と調和する暮らしを志向する若い人も増えています。

 ただ、昔のように、落ち葉たい肥を作ったり、雑木林を萌芽更新して、薪や炭の燃料をフル活用するような生活は、やはり現代とはマッチしません。よっぽど生活に余裕がある人でしか、そういう昔ながらの山の暮らしはできないのです。

 雑木林や里山を維持するには、「自然保護」という観点からでは、もはやその範囲にも限界あります。博物館的に、過去の遺物として雑木林や里山を保存することは、すでに行われつつあることです。

 現状で言えることは、雑木林や里山を経済のなかで活用していかない限り、自然林に戻してしまえばよい、という結論になるでしょう。ただ100%森に戻るわけではないので、自然が荒廃するリスクを覚悟しなければなりません。

 こうしたジレンマをかかえる状況のなかで、注目されたのが2013年に藻谷浩介氏とNHK広島取材班による『里山資本主義』です。

 この著は、マネー経済に対するアンチテーゼとして、かつての雑木林や里山の自給的な経済システムを現代に取り戻す、具体的な提案をした著作してベストセラーとなりました。

 現在のエネルギー政策や経済システムを否定する立場ではなく、現代日本の抱える問題を補完するかたちで、かつての里山の暮らし方や価値観が役に立つという意見は、いまでも多くの人の支持を得ています。

 里山資本主義の具体的な経済改革のポイントとなるのは、木質ペレットを活用した熱エネルギーの国産自給化です。

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▲ペレットストーブの普及は、日本の山林を守り、エネルギー自給率を上げ国を守ることにつながる。

 木材をエネルギー源として使う模索は世界中で進められていて、林野庁も、拡大造林で作ったスギの活用方法として、木質バイオマス発電を模索しています。木質バイオマス発電はヨーロッパでも模索されていますが、コスト的に化石燃料に近づけなかったり安定供給の点で、現状ではまだ難しい部分もあるようです。

 そこで、ヒーターやボイラーの熱源として木材を利用する木質ペレットの活用に注目しています。

 木質ペレットのストーブはヨーロッパではもはや一般的で、価格的にも灯油よりも安く供給できるため普及しています。

 日本でも、木質ペレットの価格がほぼほぼ灯油に近づきつつあるので、いよいよ木材をエネルギー源として国産自給化できる環境が整いつつあります。もちろんまだ、ボイラーなど業務用では、大きな初期投資が必要ですが、エネルギーの一部を国産自給し、日本の森林の再生を図るという、国民の強い意志があれば、実現できる段階に来ているといえるでしょう。

 ただ、木質ペレットの原料として、機械化された林業ではなく、農作業の延長として、コナラを切り戻す方法で、雑木林や里山の管理コストが合うか?というと、そこは厳しい部分になるでしょう。

 やはり、雑木林の維持には、雑木林が生み出す総合的な価値を、ビジネスベースに載せていく必要があります。

 炭焼きや山菜とりタケノコとり、シイタケ栽培、落ち葉たい肥の有機農業など、本来の里山の暮らしをテーマパーク化するような試みも各地ではじまっています。

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▲里山テーマパーク、埼玉県三芳町の三富今昔村の「クヌギの森のカフェ」

 

 

 

 以上、雑木林とはどういう林か?について知っておきたい基礎知識でした。

 やはり、雑木林はもとも炭や薪の供給基地として作られたものですので、現代に雑木林の維持再生を目指すなら、エネルギー問題とは切り離しては語れません。

 むしろ、雑木林の再活用で、エネルギー自給が可能だという視点を再確認できると思います。

 雑木林を守ることは、日本を守ることに直結するのかもしれませんね。

 

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