クリスマスピラミッドの魅力と回る仕組み、そしてマイスターのこと。
2018/11/20
クリスマスピラミッド(ドイツ語でWeihnachtspyramide)は、クリスマスのシンボルとして、ドイツでは欠かせないものです。アドベントの期間、各家庭では、ろうそくの炎の熱でくるくるまわるクリスマスピラミッドを飾り、クリスマスを祝います。
また、村や街の広場には、大型のクリスマスピラミッドがシンボルとして置かれます。それを囲むようにしてクリスマスマーケットが催され、人々は、冬至の頃の長い夜を楽しみます。
日本では、東京・日比谷公園で開催される東京クリスマスマーケットに、2015年に初登場して以来、クリスマスのシンボルとして、徐々に広まりつつあります。
もともとドイツのエルツ地方の木工芸品だったクリスマス・ピラミッド。この記事では、ドイツ特有の職人マイスター制度のことも絡めながら、クリスマスピラミッドの魅力に迫っていきます。
クリスマスピラミッドの特徴は?
クリスマスピラミッドはどこで作られる?
クリスマスピラミッドは、ドイツ南東部のエルツ地方の伝統的な木工民芸品です。
エルツ地方は、マイスターと呼ばれる高い技術をもった職人たちによる木工や楽器作りが盛んな地域です。なかでもザイフェン村は木のおもちゃの村として、有名です。
ザイフェン村をはじめとするエルツ地方の木工芸のマイスターたちによって、19世紀後半に創り出されたクリスマスの飾り……それが、クリスマスピラミッドです。
クリスマスピラミッドの種類
クリスマスピラミッドは大きく分けてふたつの種類があります。
室内に飾る小さなものと、街や村の広場に飾る巨大なものです。
クリスマスピラミッドは、キリスト教が広まる以前の冬至祭りのシンボルがルーツです。もともとは4本の柱を立て頂点でしばる四角錐だったため「ピラミッド」と呼ばれますが、現在は、搭のようなかたちだったり、曲線を活かしたデザインだったりと、様々なアレンジがあります。
最大の特徴は、頂点に大きなプロペラがついていて、それに連動して、ピラミッドのなかのキャラクターたちが、ゆっくりと回転することです。
室内用の小型のものは、蝋燭の炎の上昇気流をプロペラが捉えて、軸を回転させます。
一方、屋外用の大型のものは、電気やエンジンなどの動力を利用して回しています。大型のもののプロペラは飾りなので、星をあしらった透かし彫りなどがほどこされています。
クリスマスピラミッドが回る仕組み
最近の室内用クリスマスピラミッドには、モーターで回わるものもありますが、やはり、キャンドルの上昇気流で回わるものが、基本です。
かつては高価で貴重だった蝋燭(ろうそく)ですが、19世紀末にパラフィン製の蝋燭が開発されてから、比較的、気軽に使えるようになってきました。
そして、クリスマスを待つアドベント期間にキャンドルを灯すアドベントキャンドルが家庭に広まります。アドベントキャンドルは、クリスマスの4週間前から、4本のろうそくを毎週灯していくものです。
クリスマスピラミッドは、アドベントキャンドルからも発想を得て、産み出されたにちがいありません。
実際に、4本の蝋燭が備え付けできる、アドベントキャンドルと兼用のものもあります。
ところで、ろうそくの炎だけで、どうしてクリスマスピラミッドが回るのでしょうか?
その理由について、親子で話合ってみるのも、家族でクリスマスピラミッドを楽しむポイントです。
ロウソクの炎で空気が温められ軽くなると(正確には密度が薄くなると)、密度の濃い空気が密度が薄い方へ流れ込み、温かい(=密度が薄い)空気を上へ上へと押し上げあます。これを「煙突効果」と言います。
ロウソクで空気を温めることで、下から上へ、空気の流れが生じます。この下から上へ押し上げる空気圧が、プロペラを回転させます。
……と、説明すればなんとなくわかりますが、実際に上手く回すためには次のような微妙な調整が必要です。
・キャンドルとプロペラの距離…キャンドルの炎の位置とプロペラが、近すぎても遠すぎても回りません。
・羽の角度…羽の角度調整が必要です。ピラミッドのプロペラは輸送のため組み立て式になっていることが多いので、まわるための微調整が必要です。
・羽の向き…羽をどちらの方向に倒すか?で、時計回りか半時計まわりにまります。
・水平…クリスマスピラミッド自体が水平を保っていることも重要で、傾いているとうまく回りません。
・回るスピード…キャンドルの本数によって、回るスピードも変わってきます。
上手く回るかな~?と、子供たちと一緒にいろいろ試してみると盛り上がり必至ですね。教育的な効果もあるのが、クリスマスピラミッドの良いところです。
ちなみに、日本には、お盆の周り灯篭(とうろう)つまり走馬燈がありますが、これも蝋燭の煙突効果を利用したもので、同じ原理ですね。
広場の大型クリスマスピラミッド
クリスマスピラミッドはどこにある?
クリスマスピラミッドは、もともとは、室内で楽しむものでしたが、1950年頃から、クリスマスマーケットのシンボルとして、大型のものが野外に飾られるようになってきました。
はじめは、クリスマスピラミッド発祥の地であるエルツ地方の習慣でしたが、やがてドイツ全体に広がります。
たとえば、次のような村や街のクリスマスピラミッドが有名です。
●エルツ地方の村
シューネルベルク Schneeberger
アンベルク=ブッフホルツAnnaberg-Buchholz
オーバーヴィーゼンタール Oberwiesenthal
アイベンシュトック Eibenstock
マウアースベルグ Mauersberg
ヨハンジョルゲンシュタット Johanngeorgenstadt
クリンゲンタール Klingenthal
●都市
ドレスデン Dresden ザクセン州
ツヴィッカウ Zwickauer ザクセン州
エアフルト Erfurt テューリンゲン州
シュヴァインフルト Schweinfurt バイエルン州
ミュンヘン München バイエルン州
アウクスブルク augsburg バイエルン州
カールスルーエ Karlsruhe バーデン=ヴュルテンベルク州
ダッセルドルフ Dusseldorf ノルトライン=ヴェストファーレン州
ハノーファー Hannover ニーダーザクセン州
ヒルデスハイム Hildesheim ニーダーザクセン州
コトブス Cottbus ブランデンブルク州
リューベック Lübeck シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州
ロストック Rostock メクレンブルク=フォアポンメルン州
ベルリン Berlin
エルツ地方の伝統工芸だったクリスマスピラミッドは、ドイツ全土に広がるなかで、それぞれの地域の文化のテイストでアレンジされて、ゴシック様式やオリエンタル様式などさまざまなスタイルのクリスマスピラミッドが出来上がってきました。
各地のものを比べてみるのも、楽しみのひとつです。
近年は、クリスマスマーケットを訪ねる旅が人気ですが、市場ごとで違った表情を見せるクリスマスピラミッドを訪ねる旅も、良いでしょう。
ドイツ中の街や村に広まったクリスマスピラミッドは、隣国のスイスやルクセンブルグにも伝わり、移民によりアメリカの家庭にも伝えられました。そして近年、日本でも飾られるようになってきたわけです。
クリスマスピラミッドの大きさは?
屋外に置かれるクリスマス・ピラミッドは、高さが数メートルから大きなものは10数メートのものもあります。
ドイツの都市では10メートルオーバーのものが平均的なサイズです。
世界大として記録されているクリスマスピラミッドは、ドレスデンのクリスマス市Striezelmarktシュトリーツェルマルトクに、2014年に登場したものです。
ドレスデンには、いくつものクリスマスマーケットが立ちますが、なかでもシュトリーツェルマルトクは、580年以上の歴史がある、最古のクリスマス市です。
ドレスデンは、クリスマスピラミッドの故郷エルツ山地の玄関口の州都ということもあり、クリスマスマーケットの内容の濃さはドイツ一といわれています。
そんなドレスデンにふさわしいシュトリーツェルマルトクのクリスマスピラミッドは高さが、46フィート(14メートル)6階層で42体のフィギアが、イエス様誕生のストーリを描いています。
伊万里焼の収集でも知られるツヴィンガー城があるドレスデンは、古い街並みが残る古都。古きよき王朝時代の街並みとクリスマスピラミッドのコラボは、ひときは美しさが映えます。
ちなみに日本では、東京日比谷で開かれる、「東京クリスマスマーケット」にも14メートルのものが登場しましたが、こちらは最大級のクラスになります。
また、アメリカのテネシー州のテーマパーク「ドリーウッド」の最大級のククスマスピラミッドも有名です。
伝統工芸品としてのクリスマスピラミッド
クリスマスピラミッドのキャラクター
クリスマスピラミッドは、いくつかの段がある塔のようになっています。
ちょうど雛飾りのひな壇のような感じで、1段~5段くらいまであって、段数が増えると豪華になる感じです。
各段には、いろいろなキャラクターが載っていて、プロペラが回ると、連動してキャラクター達もまわる仕掛けになっています。
キャラクターは、キリストの誕生の寓話ネイティビティにまつわるものが中心です。赤子のイエス様、マリアとヨゼフ、三人の賢者、羊と羊飼いなど、クリスマスではお馴染みのキャラクターたちが、イエスの誕生を祝います。エルツ地方の名物であり、クリスマスキャラクターでもあるくるみわり人形が壇上にのぼることもあります。(イエス誕生の物語については、⇒クリスマスページェントの楽しみの記事も参照してください。)
また、エルツ地方の歴史に関するキャラクターを載せたクリスマスピラミッドもあります。
エルツ地方は、かつて、錫(すず)の産地など、鉱山で栄えたこところです・。鉱山が下火になり、かわりに木工工芸品が盛んになったのです。
いまでもエルツ地方には「鉱山パレード」という鉱山の歴史を伝える祭りがあります。
そうした流れもあって、鉱山で働く人がキャラクターとしてピラミッドのひな壇に登場することもあります。
クリスマスピラミッドは職人技術の結晶
木工旋盤を使って切り出す細かいパーツを精緻に組み上げたキャラクターたちが、ろうそくの炎でゆっくり回るさまは、なんとも、愛くるしく温かみがあります。
何より、この精密な木工工芸品を作りあげる「職人技」に、魅了されてしまいます。
クリスマスピラミッドは、エルツ地方のマイスターの匠の技が詰まった、芸術的な木工品なのです。
そもそもドイツの木のおもちゃは、大量生産ではなく、マイスターが開業している小規模な工房で作られています。
たとえば、クリスマスピラミッド作りで有名な工房は……
ザイフェナー・フォルクスクンスト Seiffener Volkskunst
ミュラーMüller
ヴァルター・ヴェルナー Walter Werner
ギュンター・フラット Gunter Flath
リヒャルト・グレーザー Richard Glasser
クロッテンドルフ
グラウプナー工房 Graupner
…などなど
上の例は、おもちゃの村ザイフェンなどエルツ地方にある工房ですが、ドイツにはこのような、小さな木工工芸の工房が各地に、たくさんあります。
美しいかたちに削り出した細かい木のパーツを組み合わせて作るクリスマスピラミッドは、とても手のこんだものです。
言ってしまえばただの「クリスマスの飾り」なのですが、細かいパーツを組み合わせたフィギアや、木の風車で回る仕組みなど、「ただの飾り」にしては、とても手が込んでいます。
これは、宗教的な理由から、凝った造りになっている、というわけではありません。
というのも、クリスマスピラミッドが登場したのは、近代文明が成熟し宗教の影響力が減りはじめていた19世紀後半。しかもドイツはプロテスタントの国です。
中世の教会のように、盲目的に信仰のために凝ったものを作る、という雰囲気ではないところで、創り出されたわけです。
クリスマスピラミッドがとても精巧で手のかかったものであるのは、宗教的な理由というよりも、「職人のこだわり」こそが、その背景にあると言ってもよいでしょう。
ドイツ職人の技術力が輝きを放つクリスマスピラミッドは、非キリスト教徒の日本人にも馴染みやすいかもしれませんね。
ドイツの職人を育む仕組み、マイスター制度が廃止されてしまった…!!
職人技とマイスター
クリスマスピラミッドに代表される緻密で温(ぬく)もり感のあるドイツの木工芸品は、もともとマイスター制度にふくまれる職種でした。
マイスターは、高度な職人技術を社会的な資格として認めて、職人技術をマスターした人たちが優先的にその事業を行うことができるものです。
具体的には、業種ごとに定められた厳しい修行期間を経て、最終的にマイスター資格を取った人だけが、事業を開業できる仕組みです。
パン屋、ビール作り、楽器作り、ガラス工芸、陶器製造など、多くの伝統工芸がマイスター制度のもともで、伝統技術を受け継ぎ、高品質のものづくりをしてきたわけです。
マイスターの制度があったからこそ、高度な技術に裏付けられた高品質な製品を安定して生み出すことができ、ドイツが「ものづくりの国・技術の国」として、発展してきたわけです。
このことから、世界中のモノづくりの現場の人々にとって、「マイスター制度」はとても良いもので、憧れでもあり羨ましいものであったのです。
グローバル化市場のなかで揺れる伝統工芸
世界は21世紀にはいり、「自由主義」の名のもとに、市場がグローバル化して、モノづくりの拠点が、急速に労働力の安い国に移っていきました。
ヨーロッパの伝統工芸品も、世界的な価格競争などの波にもまれ、産地を東南アジアに移さざるをえなくなっています。
たとえばクリスマスプレートで有名なデンマークの陶磁器メーカー・ロイヤルコペンハーゲンは、2014年に生産拠点をタイに移しました。(詳細は、⇒「クリスマスプレート(イヤープレート)のおすすめブランド」の記事も参照してください。)
手作りの伝統工芸品は、大量生産にない魅力がありますが、事業として伝統工芸を成り立たせることは、決して簡単ではありません。
アメリカ式の安かれ良かれの大量生産文化ではなく、おもちゃひとつにしても厳しい修行を経た職人が作ることで、こだわりのある、手の込んだ、芸術性・文化性が高いものとなるのです。
クリスマスピラミッドも、こうした、職人技と、その職人を守るマイスター制度や、「職人が偉い」というドイツの風土、そうした背景があってこそ、生まれてきたものです。
逆に言えば、クリスマスピラミッドのようなこだわりのあるものは、コストや合理性だけを追求する考え方の人たちには、絶対に産み出すことができないのです。
職人がこどもたちの憧れだった
ドイツでは、長い間「職人が偉い」という風潮があり、子供たちのなかでも、職人はあこがれの職業のひとつでした。
ドイツの教育制度では、10歳で将来の職業の方向性を定め、中学校以後の学校での学び方を、職人系・事務系・進学系の3つのなかから選ぶようになっています。
早くから将来のことを選ばされる独特な教育制度になっているのも、長期間の修行が必要な「職人」こそが、重要な職業と考えられていたからです。
職人的な仕事というのは、どうしても手間と時間がかかるため、合理性やコストを重視する考えからは、無駄や遠回りが多いものと考えられがちです。
しかし、ただたんに経済原理だけでなく、文化や伝統として「職人を社会が育てる」という考えがあってはじめて、高度な職人的技術が生まれ発展してくるのです。
クリスマスピラミッドはまさに、そうした社会背景があってこそ誕生した、職人文化を象徴するような玩具だと言っても良いでしょう。
マイスター廃止の影響は?
さて、マイスター制度で伝統工芸を重んじるドイツですが、ここへ来て、大きな転換期を迎えています。
EUの統合により、経済がグローバル化するなかで、従来のマイスター制度が、「自由な市場を妨げるもの」として、批判されるようになってきました。
そして、自由主義経済を推進する勢力の圧力で、マイスター制度を守っていた手工業法が2003年に改正され、「マイスターだけが開業できる」という規制が一部撤廃されてしまったのです。
また同時に、「職人はかっこいい」という長年の風潮もゆらいできています。10歳の選択時にかつて人気があった「職人コース」よりも、「進学」を希望するこどもが増えてきているのです。
クリスマスピラミッドを産み出した木工工芸業も、2003年の法改正で、マイスター資格がない人でも、参入開業できるようになりました。
このことで、コストがかかるこれまでの職人技が維持できるのかどうか?それとも業界に新しい風が吹き、活性化してくるのか?それは今後の動向を注視していかなければなりません。
ドイツのマイスター制度が廃止されつつあることについて、「規制緩和は歓迎」「古臭いマイスター制度は弊害」というマイスター廃止に賛成の論調が、とくにWEB上では多いうようです。
しかし、クリスマスピラミッドのような文化度・芸術度の高い民芸品は、経済的合理性だけでは、決して産まれてこないことを、世界の人々が改めて知っておくべきでしょう。
クリスマスピラミッドが生み出された背景である、マイスター制度。その職人技を育(はぐく)む制度が、「グローバル化」の影響で無くなってしまったこと。
こうした伝統工芸の現状についてお伝えしました。
クリスマスピラミッドを目にした時は、グローバル時代の伝統工芸のあり方についても、考えを巡らせてみてください。
お金では変えられない技術とこだわりをどうやって守っていくか? その仕組みはどうしたらよいのか? クリスマスピラミッドのような、素晴らしい工芸品を次世代に伝えるために。