ナナカマドとダケカンバの紅葉。高い山・森林限界で紅葉する樹木は?
2019/10/24
紅葉登山が人気ですが、高い山の尾根や山頂付近の紅葉といえば、ナナカマドの赤とダケカンバの黄のコラボが定番です。
たとえば⇒涸沢カール、⇒千畳敷、⇒大雪山のような山の紅葉で有名なところは、ナナナカマドとダケカンバを中心とした独特の紅葉風景になっています。
山登りをしない人にとっては、紅葉といえば、赤ならモミジ、黄色ならイチョウがまず思いつきますが、なぜ山の上では、ナナカマドとダケカンバなのでしょうか? また、高い山には、ほかにどんな紅葉する樹木があるのでしょうか?
この記事では、高い山で紅葉する樹木をリストアップして整理するとともに、森林限界や植生の垂直分布など、紅葉登山を楽しむために知っておきたい基礎知識を簡単にまとめてみました。
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実際にダケカンバやナナカマドの紅葉を観にいくには?⇒「紅葉登山の穴場と初心者向けのルートは?」の記事を参照ください。
ダケカンバやナナカマドの高山独特の美しい紅葉
透き通る秋の青空、山の頂の岩々の白、ハイマツの緑に、ダケカンバの黄色とナナカマドの赤が織り成す鮮やかな色彩の世界。2000m前後以上の本格的な紅葉登山をしてはじめて目にすることができる風景です。
標高が高い山の尾根筋の紅葉は、下界とは違った独特の美しさがあります。
一般的には紅葉と言えば、街中に植えられたモミジやイチョウあるいは、渓谷沿いのモミジやブナなど広葉樹林の紅葉をイメージするでしょう。山の標高が低いところではブナ、ナラ、カエデ、カツラ、ウルシなどが赤や黄色に彩る主役です。
ところが、標高の高い山の山頂に近い「森林限界」付近では、ダケカンバやナナカマドを中心とした独特の紅葉風景を目にすることができます。
高山で紅葉する樹木にはダケカンバやナナカマド以外にも、いろいろな種類があります。まず、そうした山岳紅葉を担う樹木たちをみていきましょう。
森林限界付近で紅葉する樹木の種類
ナナカマドの種類
ナナカマド
●紅葉の色:赤
燃えるような赤が印象的な森林限界付近の紅葉を飾る山の紅葉の代表種です。一枚一枚の赤が微妙に違うため、全体に深みのある赤となります。ナナカマドは高山帯だけでなく針葉樹林帯やブナ林帯に生えていますが、森林限界では低木化し、紅葉も一層美しさを増します。
紅葉だけでなく、実も魅力的で、5月〜6月に白・乳白色の花をつけた後、夏に小さなリンゴのような実がなり、紅葉に先立ち真っ赤に熟します。実は葉が散ったあと冬まで残ります。七回カマドに入れても燃え残ることに由来する名前ですが、高級炭の材料として使われます。
ナナカマドの仲間には、高山性の「タカネナナカマド」「ウラジロナナカマド」「ミヤマナナカマド」のほか、西日本〜九州に自生する低木性の「ナンキンナナカマド」などがあります。さらに、庭木用の園芸種には中国産の「ニワナナカマド」や耐暑性の「ホザキナナカマド」があります。
ナナカマド(Sorbus commixta)は、北海道では山野・川沿いに自生し、街路樹としても植えられます。葉の先端は尖り、葉の縁はぜんたいにギザギザで、実は垂れ下がります。
ウラジロナナカマド
●紅葉の色:赤
ナナカマドの亜種で、高山帯に多く分布する種です。葉の先端がナナナカマドに比べてやや丸みをおび、先端のみ葉縁がノコギリ状にギザギザです。実は垂れずに上を向いたままであればウラジロナナナカマドです。
タカネナナカマド
●紅葉の色:赤
ナナカマドの亜種で、高山〜高山帯に分布。葉の先端は尖り果実は垂れ、葉が開ききらず縦に丸まっています。変種に岩手県五葉山以北〜北海道のみに生息する「ミヤマナナカマド」があります。
ダケカンバの種類
ダケカンバ
●紅葉の色:黄
黄金色に稜線を染める高山紅葉の黄色系の代表種です。ダケカンバは漢字で「岳樺」と書き、もともとは白樺の仲間です。低山帯では、10〜15mになる高木で、雪崩で崩れたがけなどに真っ先にはえ、ブナやミズナラ林になる前の若い森を構成する種です。しかし、ハイマツとの境界線の森林限界付近では低木化して「ダケカンバ帯」を作り、安定した植生となります。森林限界付近のダケカンバは、風雪に耐えて曲がりくねった枝ぶりが迫力があり、また、肌色がかった肌に不規則な横シマの模様が美しい幹も魅力です。
カエデ、サクラ、ツツジの種類
ミネカエデ
●紅葉の色:黄色〜オレンジ
森林限界に近い高山でみられるカエデ。オレンジがかった黄色に黄葉し、葉柄は赤い。森林限界では低木化し、ナナカマドやダケカンバとともに山の稜線を彩ります。もみじよりは葉が大きい。寒波がくるとすぐ色があせてしまうので見頃は一瞬で、ミネカエデの紅葉を観れるのは貴重と言えるでしょう。
コミネカエデ
●紅葉の色:赤
イロハモミジやヤマモミジに近いバランスのとれた葉の形で、おもに赤く紅葉します。ミネカエデより低い亜高山帯に生育しますが、月山などでは森林限界に低木化して、ミネカエデとともに生育しています。
オガラバナ
●紅葉の色:オレンジ
別名ホザキカエデ。本州の1500m〜2000mの亜高山帯に生えるカエデです。
タカネザクラ(ミネザクラ)
●紅葉の色:赤
葉と花が小さい高山分布のサクラ野生種。花の見頃は6月〜7月で最も遅く開花するサクラ。亜高山帯では樹高10mになるが高山帯では1mほどの低木となります。サクラなので花が注目されますが、赤く美しく紅葉します。
ドウダン類
●紅葉の色:赤
ドウダン類はナナカマドよりも鮮やかな赤で山の紅葉を飾ります。紅葉だけでなく、釣鐘がすずなりになる花を楽しむ庭木としても人気のあるドウダンツツジ(Enkianthus perulatus)ですが、高山に見られるのは、サラサドウダン(Enkianthus campanulatus)、ベニサラサドウダン、ベニドウダンの各種です。
クロマメノキ
●紅葉の色:赤
岩場、湿地、草原にはえます。8月〜9月にブルーベリーによく似た果実をつけ、食用にできます。紫の実をつけたまま、葉が赤く紅葉する様は綺麗です。
ウラシマツツジ
●紅葉の色:赤
岩の多い高山を好むツツジ。黄色い釣鐘条の可憐な花を咲かせ、葉の裏が網目模様という特徴があります。樹木ですがごく低木のため紅葉は「草紅葉」と言われます。
ミヤマナラ
●紅葉の色:オレンジ〜茶色
東北地方の「擬似高山帯」に生える低木化したナラ。東北の紅葉の山では、ダケカンバやナナカマドとならんで、稜線を彩る主役となっています。ミズナラの亜種で、氷河期以前に高標高に生えていたナラが氷河期に耐寒対応して高山に適応したものだと考えられています。
草紅葉する高山植物
チングルマ
●紅葉の色:赤
高山の池塘端や湿地に生える樹木です。真紅の絨毯のようなさまは「草紅葉」として有名ですが、草本ではなく木本です。ドライフラワーのような綿毛をつけた花のような実を夏の終わりにつけ、そのまま紅葉していくさまもとても美しく、山岳紅葉の見どころのひとつになっています。
イワカガミ
●紅葉の色:赤紫
高山の岩場などに生える代表的な山野草。高山帯ではチングルマと群落を作り「お花畑」となります。紅葉は紫に近い濃い赤。仲間にはコイワカガミ、イワカガミ、オオイワカガミなどがあります。
ミヤマキンバイ
●紅葉の色:赤
初夏に黄色い花を咲かせるお花畑の高山植物の代表種のひとつ。秋は草紅葉となり、イチゴに似た花が赤く紅葉します。
イワスゲ
●紅葉の色:茶
高山の岩地や砂地にはえる多年草。とくに北アルプス双六岳のイワスゲの草紅葉は、砂地に点在するさまが異世界感があり人気です。イワスゲは中部以北の亜高山帯に分布し、北海道にはタイセツイワスゲが分布します。
ミネヤナギ
●紅葉の色:黄色
別名ミヤマヤナギ。山地にはえるヤナギの種類ですが、森林限界では匍匐性で50cmほどに。初夏に、綿毛におおわれた種をつけ、秋には黄葉します。
紅葉しない緑の樹の代表
ハイマツ
●紅葉の色:紅葉しない
ハイマツより上には、高い木が育たないという森林限界を示す植物。地面を這うように横に伸びるため付いた名前。紅葉はしないがナナカマドの赤やダケカンバの黄色に対して鮮やかな緑のコントラストを演出します。
ミヤマハンノキ
●カバノキ科ハンノキ属
●紅葉の色:紅葉しない
本州の高山帯・北海道。ナナカマドやダケカンバに混じってはえる。紅葉は黄色〜赤。ミヤマカワラハンノキ、ヤハズハンノキ、ヤシャブシなどの種類もあるが、落葉樹なのに紅葉しない。そのため錦織りのなかではハイマツなどとともに緑色。
山の植生と紅葉
山の紅葉は、あんがい複雑、というか、どこでも紅葉するわけではありません。
とうぜんのことなんがら紅葉は「落葉(夏緑)樹林」でおきます。
山には落葉樹(夏緑樹)だけでなく針葉樹も入り混じっていますし、西日本の標高の低いところは紅葉しない照葉樹林帯です。さらに、日本の山林の40%近くはスギ・ヒノキなどの人工林です。こうしてみると、山の紅葉する場所は限られていることがわかります。
紅葉する山は、ざっくり分けると、下の4種類のどれかになります。
・1夏緑樹林帯(落葉樹林帯)…いわゆるブナ帯ともいわれ、落葉紅葉樹が自生する帯域。冷温帯・山地帯。西日本~南関東の標高1000m以上、中部~北陸アルプスの山麓から中腹付近、北関東・上信越~東北の平地~山などが落葉樹林帯です。ブナ、ミズナラを中心に、カエデ、カツラ、トチ、クルミなど、バリエーション豊かに紅葉する樹木が生えています。
・2雑木林…雑木林は人工林です。帯域として照葉樹林(常緑樹林)のなかですが、人の手によりコナラ・クヌギ・クリなどが植林され、そこにカエデ、ウルシなどの広葉も侵入してできた林です。里山にあります。
・3森林限界付近のダケカンバ帯…山の稜線や山頂付近の亜高山隊から高山帯に変わる境目(森林限界)付近に、特異的に落葉樹が低木化して生育しているもの。ダケカンバ、ナナカマドなど。中部アルプス地方の2000m付近、東北~北海道の1000~1500m付近に特異的に見られる植生です。
・4高山帯の高山植物…高山の山頂や尾根などの森林限界を越えたところ、あるいは、雪田となり夏まで雪が積もる場所、高層湿原などでは、高山植物の群落がみられます。高山植物のなかには多年草と灌木がありますが、紅葉は「草紅葉」と呼ばれます。
山の植生と紅葉する樹種
さて、この記事のテーマとしているのは3の紅葉エリアです。独特の高山紅葉を産み出す「ダケカンバ帯」とはどういうものなか?さらに詳しく見ていきましょう。
なぜ、尾根筋ではダケカンバとナナカマドの紅葉が観られるのか?
「ダケカンバ帯」とは
森林限界付近のダケカンバやナナカマドの美しい紅葉は、特殊な植生です。
ほんらい、植生のセオリーで言えば、森林限界の境界あたりはシラビソやコメツガなど常緑針葉樹の世界のはずです。ところがそこに、紅葉する落葉樹であるダケカンバやナナカマドが生えています。
この、森林限界に落葉樹が生える現象は、世界的に見ても特殊で、日本の山岳地帯特有の植生です
これら森林限界付近のダケカンバやナナカマドは風雪に耐えるため「低木化」しています。もともとダケカンバもナナカマドも標高が低い「落葉樹林帯」のなかにも生えていてそこでは高木となります。が森林限界では1m以下の灌木となります。そのため、目線から下の低い位置で紅葉を楽しめるのも、高山紅葉の特徴のひとつです。
また、日本の山岳気候の特性のひとつに、亜高山帯から高山帯への境目が幅が短くはっきりししているということがあげられます。ほんらい植生帯の境目はあいまいで、長い距離のうちにだんだんと生える植物の種類が入れ変わっていくものなのですが、日本の山では、短いスパンでがらりと植生の風景が変わります。
そのため、日本の高山の尾根筋では、ダケカンバやナナカマドがハイマツと混じり、すぐその先には高山植物の草紅葉が観れるます。とても多彩な紅葉の風景が、コンパクトにまとまって、展開されているのです。
このように、日本の高山紅葉は、世界的に見て貴重な風景だと言えるわけです。
森林限界とは
ところで、「森林限界」とは何か?ということを少し整理しておきましょう。森林限界は、そこから先は、背の高い木が生えない、というものです。
森林限界より先は、ササ類とか草に近い高山植物みたいなものだけが生えます。ササ類よ低いところ、つまり森林限界の最後には、日本の山では「ハイマツ」が群落を作るのが定番です。
ハイマツが生えているところは、高山帯に分類するという説と、亜高山帯に分類するという説があるようです。ざっくり、ハイマツがあるところが森林限界だ、と捉えておけば良いでしょう。
ダケカンバ帯ができる理由
ほんらい、ハイマツより低いところは、植生のセオリーでいえば、シラビソ、オオシラビソ、コメツガ、トウヒ、北海道ではトドマツ、エゾマツなどの、耐寒性の針葉樹が生えるところです。
ところが、日本の山は、とくに日本海側では、冬の間、豪雪となります。日本の山の雪の降り方は、実は世界一激しいとも言われています。そのため、山の急な斜面では、常緑の針葉樹は、積もる雪の重みに耐えきれず生育できないのです。唯一、背が高くならず横に這う性質のハイマツだけが、雪の下に隠れることで生き残ることができています。
さて、豪雪のため、亜高山帯でありながら針葉樹が生えきらなかった隙間に目をつけたのが、ダケカンバです。
ダケカンバは、もともとシラカバの仲間です。シラカバは、陽樹の代表で、若い森を作る種類です。山崩れや山火事などで更新されたところに、真っ先に侵入して、成長するタイプのパイオニアプランツに近いものですね。
ですから、シラカバ林は、最終的にはミズナラやブナの陰樹にとってかわられる運命で、安定した極相林を作るタイプではありません。(パイオニアプランツや極相林については⇒「雑木林と森林のなりたち」の記事を参照ください)
そんなシラカバの仲間のダケカンバですが、ダケカンバは、シラカバのなかでも寒さに強いのと、「乾燥に強い」という特徴を持っています。森林限界付近の急斜面の山肌は、土壌の保水力が無く風にさらされるため、とても乾燥しやすい条件です。その条件に、ダケカンバはマッチしていたため、落葉樹でありながら、森林限界にパイオニアプランツとして侵入し、そのまま定着することになったのです。低地では10m以上伸びるダケカンバですが、尾根の風雨や豪雪に耐えうるよう、山の上では高さを伸ばさず、1m以内の低木化してい定着しています。
標高の低いところでは、ダケカンバはやがて陰樹に負けてしまう運命ですが、森林限界ではライバルがいないため、ダケカンバの極相林となっているのです。
森林限界付近には、ダケカンバ以外にも、耐寒・耐乾燥の性質をもった広葉樹が定着しています。ナナカマド、ミネカエデ、ドウダンなどです。森林限界で低木化した樹木は、横に広がりながら自分の陣地を広げていきます。結果、それぞれの樹木がモザイク状に入り混じって美しい赤や黄色の独特の錦織が生まれるのです。
日本の山岳紅葉が世界的にみても貴重な理由
さて、森林限界付近が紅葉する独特の風景が楽しめる日本の山ですが、もうひとつのポイントは森林限界の高さが案外低い、ということです。
森林限界はセオリーでは緯度と標高によって決まってくるのですが、実際は、そう単純ではありません。
日高山脈幌尻岳(標高:2053m)と八甲田(1583m)をくらべた場合、幌尻岳の森林限界は1800m、八甲田山の森林限界は1500mとなっています。つまり、緯度が低い八甲田のほうが森林限界が低いわけで、セオリー通りではありません。
これは「山頂効果」と呼ばれるものです。山頂に近いところは、
・岩などが多く土壌が乏しい
・急斜面で乾燥している
・強い風にさらされる
・冬は暴風雪となり氷の粒が飛びまくる
このように、山頂付近特有の気候が生まれるため、標高が低くても、森林限界ができる場合も多いのです。
また、東北地方では「擬高山帯」といって、豪雪のためシラビソなどの針葉樹林帯が育たちません。亜高山帯には、ほんらい生えるはずのシラビソなどの針葉樹ではなくミズナラが低木化したミヤマナラやダケカンバを中心た植生となります。山麓の落葉樹林帯(夏緑樹帯)から山頂のダケカンバ帯までが、紅葉でひとつにつながります。
日本の山の紅葉の多様性には、日本の山の地質的な特徴も影響しています。
日本は、いつものプレートが入り組んでできていて、そのため山にもいろいろな土質上の違いがあります。たとえば、白馬は流紋岩・石灰岩・蛇紋岩、立山・槍・穂高は安山岩、と距離的にはそれほど離れていないのに、まったく違った山の組成です。
こうした岩石の違いが、山の植生にも微妙な影響を及ぼし、森林限界の位置や高山植物の種類が違いにつながり、多様性のある植生を産み出しています。
また、プレートが入り組んで造山活動が複雑だっため、世界的に見れば、狭い面積に独立峰が多いのも特徴です。同じ緯度にあっても、山が違えば、微妙な気象の変化で数度気温が変わってきて、それがまた、植生に大きな影響を与えます。
このように、日本の山は、小さい面積のなかに、多様性のある植生があり、それぞれの山の表情につながっているのです。
日本の紅葉が評価が高いのは、カエデ類の多さや、たとえば京都のような伝統風景とのコラボなども理由ですが、実は、多様性のある山岳植生が生み出す、独特の高山紅葉も、日本が世界に誇る自然財産なのですね。
日本の山岳植生は、小さい面積ながら多様性があり、それは裏をかえせば、とても微妙なバランスのうえに成り立っている繊細なものだ、ということです。
自然が生んだ奇跡のような日本の山岳紅葉を守り続けていきたいものです。そして、世界中の人たちに、日本の紅葉登山を楽しんでもらえればよいのではないでしょうか。